ナレッジ・コラム

“大学DX” 教育・研究・経営活動の変革に向けて

2024-05-17

大学がDXを推進する必要性

4月に入り、上下黒のリクルートスーツを身にまとった新社会人がオフィスの周りで目立つようになった。春、新たなメンバーを迎え入れたのは企業だけではない。大学もそうだ。
国内の大学は、少子化に伴って厳しい学生獲得競争にさらされている。さらに入学者数減少や国の運営交付金増額の見通しがたたない中で資金調達が困難になっている。こうした課題を解決するための、大学におけるDX推進が、今注目されている。本稿は、DXによって解決できる課題について、筆者が携わった大学向けDX推進支援の経験も踏まえてご紹介する。

学生獲得と資金調達が課題

国内の大学が直面する課題は大きく二つあげられる。一つは、少子化による学生獲得の困難化である。
18歳人口は、ピーク時であった1966年の約249万人から2022年には約112万人へと半減した。
大学進学率は伸びているとはいえ、大学進学者数は2022年の約64万人から2040年には約51万人に推移する見通しである※1
さらに、定員に満たない国内の大学は増加傾向にある。2023年度、私立大学の約53%が入学定員充足率100%未満であり、前年度と比べて6ポイント増加していた。学生獲得は年々困難になっている※2

国内の大学が直面する課題の二つ目は、資金調達である。このうち私立大学の収入で最も多くを占めるのは入学金や授業料を含む学生納付金であり、収入全体の約70%を占める。しかし、定員を満たしていない大学が増加傾向にあり、大学の収入も減少傾向と想定される※3
他方、国立大学の収入は、国の運営費交付金が附属病院収入と並んでぞれぞれ40%程を占めている。このうち国の運営費交付金は、近年同額程度で推移している。ただし人件費上昇や物価高に対応するためには、国の財政が厳しい中での運営費交付金依存が望ましいとは言い難く、国立大学自ら新たな財源を確保する必要がある※4

教育、研究、経営の観点から推進するDX

こうした中、2020年のコロナ禍以降、大学におけるDX推進が注目されるようになった。緊急事態宣言の発令によって学生や教職員が大学キャンパスを訪問できなかったため、オンライン授業やリモートワークが結果として早期に普及したことでDXへの関心も高まったといえる。
なお本稿では、大学におけるDXを「事業構造や組織文化をデジタル化によって変革し、学生や教職員、地域住民などに対してこれまでにない便益を提供すること」と定義する。
大学においてDXを推進する際に注意すべき点は、アナログ情報をデジタル化するデジタイゼーションや、業務プロセスをデジタル化するデジタライゼーションとの違いを明らかにすることである。各大学が公表するDX事例を筆者は調査してきたが、デジタイゼーションやデジタライゼーションをDXと示している事例が散見された。大学経営層は、教職員に対してDXとは何か、DXによって目指す姿を打ち出してDXについて認識を共有することが先決である。
そのうえで、DXによって、学生獲得につながる今までにない教育や研究の実現、および資金調達につながる高度な経営管理を可能とするケースが出てきた。なお、大学は教育および研究が活動の両輪※5であり、この両輪を支えるには組織マネジメントが必要であるため、以下に三つの観点に分けて事例を取り上げることとする。

まず教育におけるDXである。教育DXは「教育データやデジタル技術の活用により、教育方法や内容、教育現場の文化を変革し、学修者本位の教育の実現と教育の質の向上を図ること」と定義する。
変化の激しい時代において、学生が自ら課題とその解決策を見いだせるよう、教わる授業から自ら学び取る授業が求められていることがあげられる。こうした中、鳥取大学ではデータ分析基盤を活用して学修者の過去の成績や学生情報等から、学修成果の可視化や受講講座の推奨を行う取り組みが行われている。学修者にとっては、将来の学修成果を予測でき、留年の可能性が高い学生に対しては未然に教職員によるサポートを実施することが可能である。さらに今後は、卒業生の進路と在学中の学修データを連携することで、学修者が目指す卒業後のキャリア実現に資する授業の推奨も実施される見通しである※6

次に研究におけるDXである。研究DXは「研究データやデジタル技術の活用により、研究者が他領域の研究者や、自治体や民間企業等異なる組織と連携し、社会の課題解決につながる研究成果を創出できるようになること」と定義する。
AI等を活用して、研究分野や研究主体の枠を超えて研究を推進することが可能になっている。新潟大学では、ビッグデータアクティベーションセンターがイノベーションを創発する研究ハブとして分野を横断した研究を促進している。具体的には、工学部、理学部の専門家がデータサイエンスの専門家とともに流域治水に関する共同研究を行っている。研究では、各専門家が蓄積したデータを活用し、河川の蛇行状況の予測に係る世界初のシステムを構築し、機械学習を用いて教授が高度に分析することを可能にした※7。こうした新たな研究成果を生み出すことで、国や地方自治体の補助金を活用した実証実験や、民間企業との共同研究につなげることも可能になる。

続いて経営におけるDXである。経営DXは「学内の経営データやデジタル技術の活用により、大学が目指す教育・研究活動を実現するため、エビデンスに基づいた経営目標の達成を促進すること」と定義する。
大学が掲げるビジョンを達成するためには、学内の各部署において掲げられた目標を達成することが求められている。こうした中、学内データを収集・分析し、各部署の目標達成度合いをリアルタイムで可視化することで、最新データを踏まえた目標設定および目標達成を促進する事例がある。東北大学では大学経営の高度化を目指して、学内外のデータを集約・統合・連携したデータベースをつくり、戦略的なデータ活用を推進している。これにより財務データや人事データを各部署で定量的に把握することができ、各部署の現状や課題を踏まえた実現可能な中長期的目標を設定することが可能になった。また目標未達部署に対しては、経営層から迅速に支援を実施することも可能になった※8

DXと並行して推進すべき情報セキュリティ対策

大学におけるDXを推進するうえで欠かせないのが情報セキュリティ対策である。DXを推進するにあたり取り扱うデータが漏洩する等した場合、原因を究明するためDX推進の一時中断や停止をせざるをえない可能性が出てくる。
全国86国立大学の公式webページにて2023年に公表された個人情報漏洩や情報システムの停止等の情報セキュリティ事案は、筆者が確認できただけでも19件あった(2024年3月31日時点)。中には、対話ロボットの効果の検証を目的としたイベントでフィールド実験を行った際に収集した顔写真が、不正アクセスによって漏洩した事例も確認された※9。発表によると、漏洩した情報から個人を特定することは難しく、データ内容も要配慮個人情報や財産的被害のおそれがある情報が含まれているものではないため、悪用の可能性は低いと考えられるとのことだ。しかし一度こうした事案が発生すると、DX推進に対して学内外から疑念をもたれかねない。
既に各大学は、教職員や学生向けに情報セキュリティ事案を発生させないための対策や、発生時の対処法について研修を実施していると考える。それに加えて、DXを推進するに中で発生した他大学の事案を踏まえてとるべき対策を学内で共有すれば、情報セキュリティへの理解促進と事案の発生確率低減をともに実現できる。

まとめ

筆者が大学経営層と会話をした際、学内におけるDX推進をする際、教職員の理解を得ることに苦労しているという話を聞いた。教職員の工数が既に大半を占められている中では、DX推進に向けて工数を割く余裕はなく、協力が得られづらいとのことであった。おそらく同様の悩みを抱えた大学経営層は多いだろう。
Xspear Consulting株式会社は、大学全体でDX推進できるよう、目標設定、課題整理、計画検討のみならず、計画実行、分析評価に至るまで一気通貫の支援が可能である。大学の教育・研究活動がますます活発になるため、DX推進に寄与したいと考えている。

※1
文部科学省「急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた高等教育の在り方について(諮問)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1383080_00001.htm

※2
日本私立学校振興・共済事業団「令和5(2023)年度 私立大学・短期大学等 入学志願動向」
https://www.shigaku.go.jp/files/shigandoukouR5.pdf

※3
文部科学省 経済・財政一体改革推進委員会 非社会保障ワーキング・グループ 第4回会議資料(平成27年10月28日)「資料2-1 財務省提出資料(財政審資料:文教・科学技術分野)-分割版3」
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg2/271028/shiryou2-1-3.pdf

※4
文部科学省「国立大学法人運営費交付金を取り巻く現状について」
https://www.mext.go.jp/content/20201104-mxt_hojinka-000010818_4.pdf

※5
文部科学省中央教育審議会大学分科会「教育と研究を両輪とする高等教育の在り方について(審議まとめ)概要」
https://www.mext.go.jp/content/20210218-koutou01-1411360_00002_001.pdf

※6
公益社団法人私立大学情報教育協会「鳥取大学における総合的学生支援(Quality of College Life)の充実へ向けたDX推進の取組み」
https://www.juce.jp/LINK/journal/2303/pdf/02_07.pdf

※7
新潟大学ビッグデータアクティベーション研究センター「データサイエンスでイノベーション創発を目指す」
https://www.niigata-u.ac.jp/webmagazine/456550/

※8
東北大学「データで見る東北大学」
https://www.dx.tohoku.ac.jp/tudata/

※9
大阪大学「不正アクセスによる収集データの漏えいについて」
https://www.es.osaka-u.ac.jp/ja/whats-new/2023/12/post_90.html

Associate Manager

中道 洋司

Associate Manager

Yoji Nakamichi

大学卒業後、NHK報道アナウンサーを経て、Xspear Consultingに参画。防災士。自治体のDX施策支援のみならず、エンタテインメント業界の経営戦略立案、製造業界のITガバナンス構築支援、教育業界の調査業務支援等、幅広く経験。

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中道 洋司

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