1. はじめに
2019年、インターネット広告の市場規模は地上波テレビを追い越した。(日本の広告費2023※1)YouTube、Netflix、TikTokなど、動画共有・配信サービスの台頭によって余暇時間の投下先が増え、テレビのリアルタイム視聴は減り、ネットの利用時間が年々増加している。(総務省「令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」※2)また、3次活動※3においては、テレビやラジオといった娯楽ではなく、休養・リラックス・ストレス解消をより求める傾向にあり、このことからも若者を中心とするテレビ所有率・行為者率が減少傾向にあることが読み取れる。(総務省統計局「令和3年社会生活基本調査」※4)視聴“率”を指標とするテレビ業界のビジネスは、人口減少も相まって現在厳しいビジネス環境にさらされており、多くの人に求められていたメディアから、エンタメ・広告出稿先のOne of themとなりつつあり、変化が求められている。本稿では、求められ続けるメディアであるために目指すべきゴールと推進すべき具体的な戦略、想定される障壁と要諦を考察し、Xspear Consultingが実行可能な支援について紹介する。
2. テレビ業界のいま
改めて、国内の放送業界を抑えなおす。(本稿では民放局を対象とする)
前述の理由から、民放キー局の売り上げを大きく占める放送事業は厳しい環境にあり、放送収入は減少傾向。ゴールデンタイムのPUT(総個人視聴率)も低下傾向にある。また、国内ではデジタル広告を中心に新しいサービスが次々と現れ、テレビCMにおいても“運用型”を推すサービスが表れてきた。海外においてもコードカットが進み、また、プログラマティック取引や測定機能の強化、広告販売事業の自動化と大規模なレイオフなどが行われている。配信事業の成長率は凄まじいが、放送事業とは事業規模が異なり、その不足分を補うことはまだ難しい状況である。これらを踏まえると、課題は下記に大別されると考える。
①テレビ所有率・行為者率の低下に伴う視聴率低下と人口減少
②メディア・マーケティング手法とニーズの多様化による投下予算の減少
③動画共有・配信サービスをはじめとするコンテンツ競争の激化
④新たな運用型サービスの台頭と事業変革の遅れ(変わらない商流や商品ラインナップ、機能性※5)
とはいえ、国内におけるテレビメディアの広告市場は1.7兆円、日本の総広告費は7.3兆円であり、依然として大きな市場であることに変わりはない。マーケティングまで概念を広げると未だに魅力的な市場である。次章では、テレビがオワコンと言われないために、テレビの強みを活かした既存事業の強化と効率化、新規領域への挑戦といった視点を加えて、目指すべきゴールと戦略を考察する。
3. 目指すべきゴールと推進すべき具体的な戦略
課題①については、既に広告主のニーズを視聴率の高さのみでは捉えきれない時代がきていること、政府の政策や社会情勢に大きく左右されることから、優先度は下げてよいと考える。(コンテンツメーカーとして、視聴者ニーズに応える番組制作や編成の工夫を行い、行為者率の改善を狙うことや、テレビを所有しない属性に対する向き合い方を思考することは前提としたうえで)
課題③については、既に韓国に子会社を設立しコンテンツ販売の拠点とする動きや、海外の大手スタジオとの協業、アイドルオーディション番組をはじめとする新しいタイプの番組制作など、取り組みが進みつつある。また、番組制作費に大きな差がない中、視聴者層や視聴率が異なることから、各社個別の検討・対応が必要と認識しているが、コンテンツ・IPへの投資は避けられないと考える。(各社決算資料より)
一方で、課題②・④については、まだ取り組みの余地が大きく残されており、危機感を持つ担当者は少なくないが、既存事業に最適化された組織の中で取り組むきっかけがないことや、それをリードする人材が不足していることで、手を伸ばし切れていない課題と認識し、考察を進める。
課題②に対して目指すべきゴール(ゴールⅠ)は、“複数の媒体や視聴方法において重複排除された統合的な測定を可能にすること”(≒テレビを効果測定可能な媒体へと昇格させること)と考える。
広告の投資対効果を説明可能な手法としてデジタルマーケティング・デジタル広告が一般化しつつある今、テレビの圧倒的なユニークリーチ・信頼性・画面サイズ等を維持したまま、運用性や測定能力を向上することがニーズに応えることに繋がる。
既に、計測ベンダーと協力した重複排除の研究や、特定視聴データ・サードパーティーデータ等の活用が進んでいると認識しているが、クッキー規制等の潮流を踏まえると、個人を特定しない形での新たなID形式の開発や、データ管理に対する意識の向上およびセキュリティ対策を同時に進める必要がある。
課題④に対して目指すべきゴール(ゴールⅡ)は、DX推進による既存事業の効率化を進め、新規領域へ挑戦すること(それを後押しする社内環境を整備すること)と考える。
真っ先に進めるべきは、未だに多く残る手作業での契約管理やステークホルダーとのやり取り、紙ベースでの放送確認などの業務効率化である。教科書的な内容となるが、ここで捻出した時間を高付加価値業務へ転換することが、新たな成長への一歩となる。人を介するからこそ融通が利く場面も存在すると理解しているが、新規事業におけるオペレーション構築を容易にするためにも、既存事業に最適化された組織・業務を変えることや、そのための投資を惜しむべきではないと考える。
また、新規領域への挑戦を進めるために、社内データを利活用するための土台構築および新たな取り組みを生み出し推進するための仕組化が重要とも考えている。具体的には、社内に散在する各種データ(顧客情報、過去の契約実績(地上波・配信)、視聴データ、パネルデータ、番組情報、サードパーティーデータなど)を一元管理し、様々なアイディアの検証を可能とする環境構築や、各部門のニーズを集約・検証・実行する仕組みの構築である。起案や課題の取り纏めを単発のものとせず、前に進めるためには上位層のフォローが必要不可欠であるし、取り組み内容を記録し今後の検討に活かすことは重複した業務を避け、ナレッジを向上するためにも有効と考える。
なお、ゴールⅡに対して取り組みを急ぐべきはローカル局と考えている。キー局からのネットタイム広告収入の分配金と自社スポット広告の収入で売上が構成されるローカル局は、必然的にスポット広告への依存度が高くなる。キー局と比べて番組制作数が少ないローカル局が自社制作番組を配信事業でマネタイズし、一定の事業規模に育てるには時間を要する。デジタル広告へのシフトはネットタイム広告よりもスポット広告への影響が大きいため、ローカル局は一定の資金力を有するうちに、ゴールⅡへの取り組みを急ぐべきである。
4. 想定される障壁と成功に向けた要諦
ゴールⅠの統合的な測定を可能とするためには、“指標の統一、業界標準”といったワードが一つ目の障壁になると想像される。視聴率から指標を変更することは既存業務の変更に繋がり、広告会社とのやり取りにも影響を及ぼす。また、広告主目線では、単局での指標変更は求めている広告効果測定に対して改善の範囲が限定的であり、取り入れる広告主そうでない広告主がでてくることも想像に難くない。放送局においても、テレ・デジの統合に向けては、自社が保有するデータを開示して第三者と協力しながら市場を創り上げていくのか、単独の取り組みで顧客を囲い込み事業を伸ばしていくのか、各社の戦略が分かれる局面と認識している。ステークホルダーが多い放送業界全体で足並みを揃える難しさは理解しつつ、いくつかの放送局が推進力をもって取り組み、業界標準として協調・競争領域を定めていくことが必要と考える。
二つ目に、“データ管理”も障壁となる可能性が高い。指標が統一され、テレ・デジの統合的な測定が可能となれば、個人単位で広告効果を分析することが可能となる。これまでB2B事業が主であったことから、放送局が個人データを保有することは多くなかったが、テレビにおいても個人を識別可能とすることは、広告主のニーズへ応えることに直結するため、個人データの扱いが増えると想像される。GDPR(General Data Protection Regulation、一般データ保護規則)やCCPA/CPRA(カリフォルニア州消費者プライバシー法/カリフォルニア州プライバシー権法)などの影響から日本国内の規則が厳格化される将来に向けて、データセキュリティの環境整備、社内ポリシーの策定やセキュリティリテラシーの向上は必須となる。海外では大手プラットフォーマーやITベンダーに対して、数十億~数千億円の制裁金を求めた事例もあり、手を抜けない領域と理解している。
ゴールⅡのDX推進や新規領域への挑戦においては、“社内DX人材の不足”が一つ目の障壁となる可能性は高い。複数組織にまたがる業務を把握し、前後の関係性を踏まえたうえで改革を進められる人材や、ビジネスニーズをエンジニアに正確に伝達できる人材、実行に向けて能動的に活動できるIT人材が必要不可欠である。本業と並行してこれらを行うことは社員への負荷が高いため、本業務に集中できる環境を用意することが管理職に求められるサポートとなる。昨今、エンジニア部門においては、キャリア採用が一般化しつつあるが、ビジネス・テクノロジー部門の双方で多様な人材を受け入れ、一定規模の改革であれば内製チームで実現可能な状態とすることは今後の成長に向けて大きな武器となる。そのためにもDX人材への投資は避けられないと考える。ゴールⅡに向けた二つ目の障壁は“社内外のステークホルダーの多さ”が挙げられる。タイム・スポット・SASに次ぐ新たな商品を開発し、広告主のニーズに応えるには、テレビの根源的な価値を再定義し、時代に即した商品を考え、オペレーションを変えることが必要である。一方で、DX推進や新規領域への挑戦において、全組織にベネフィットをもたらすことは難しい。過去の成功にとらわれず、部分最適ではなく全体最適を追求する社内文化を醸成することやトップダウンで取り組みを推進することがそれらを乗り越える一つの手段となる。
5. Xspear Consultingにできる支援
放送業界において、DXを含む新たな取り組みを進めるには、ビジネスモデルを把握することはもちろんのこと、放送業界特有の商習慣、複雑な業界ルール等への理解が欠かせない。各ステークホルダーの立場や過去経緯を踏まえ協調し進めることで、業界として利益を享受できると想像される素材関連の領域や、広告主への影響が大きい指標の統一など、特定の領域には時間をかけつつ、スピード感をもって取り組む必要がある。また、考査・運行業務や営放システム内での在庫・契約管理など、言語化・可視化されていないオペレーション等も多いため、幅広い業務の関連性を紐解き、アジリティ高く最適解を見つけ出す能力も重要と認識している。
Xspear Consultingには、放送局や広告会社出身者が多く在籍している。また、新規事業の立案から伴走、DX推進、DX人材育成、マーケティング戦略の立案などをサービスとして提供している。グループ会社であり、システム開発、ITコンサルティングに強みを持つシンプレクスの知見を活かした、実現性のある計画立案や、開発フェーズにおける設計・開発・品質担保・運用保守も可能である。ホールディングス全体の特徴である、アジリティの高さとコミットメント力をもとに、コンサルティング力とエンジニアリング力をフルに提供し、企業が目指す姿の実現に向けて、最後まで実行力をもって伴走できることが強みと認識している。
知見と経験をもとに、絵に描いた餅ではなく、“実行力”にこだわり伴走するとともに、最終的には、テレビ局各社のナレッジ蓄積や自走力の向上にも寄与したいと考えている。
- ※5
- 特に需要が大きい計測機能
Senior Manager
天野 善仁
Senior Manager
Yoshihito Amano
大学卒業後、外資系総合コンサルティングファームに入社。エンタメ・メディア業界担当として、新規事業立案、海外進出の戦略立案、コスト削減、ガバナンス強化等の幅広いプロジェクトに従事。
2022年にXspear Consulting参画。同業界担当として、新規事業プロジェクトを推進。