ナレッジ・コラム

デジタル証券ビジネス参入における検討論点

はじめに

ブロックチェーン技術を使ったデジタル証券(以下セキュリティトークン)によるビジネス実例が増えてきました。国内においては、2019年頃から金融機関をはじめとした各社がセキュリティトークン発行に向けた準備を進めてきましたが、ようやくセキュリティトークンが個人投資家の手元に届き、スマートフォンで取引が完結するなど、従来と異なる投資体験ができる様になってきています。同じくブロックチェーン技術を使ったデジタル通貨についても、ステーブルコインを電子決済手段と定義した改正資金決済法が2023年6月1日に施行され、日本国内でもステーブルコインを発行できるようになりましたし、日銀でもCBDC(Central Bank Digital Currency:中央銀行デジタル通貨)の実証検証と制度検討が継続されています※1。これらのことから、今後、証券取引・資金決済に使われる技術が大きく変わり、従来の資本市場や資金調達の仕組みにも変化が出てくるのではないかと予想されています。

当社ではブロックチェーン・セキュリティトークンを活用した事業戦略策定やシステム化構想など、複数のクライアント様においてプロジェクトのご支援をさせて頂いております。今回は、セキュリティトークンが資金調達市場や投資家にどのような変化をもたらすのか考察しつつ、各社がセキュリティトークンを使ったビジネスに取り組むにあたり、論点になりそうなポイントを解説できればと思います。

セキュリティトークンによる投資環境の発展

一般的には、セキュリティトークンの活用により、従来の金融商品取引におけるシステムの維持費用などのコストが低減すると期待されています。更にトークン化を軸に従来の取引・アセットマネジメント業務の自動化・効率化が図られることで、一連のプロセスで要していたコストが低減され、従来よりも有利な条件で資金調達できるといった発行体のメリット、ならびに投資家が負担する手数料の低減(利回りの向上)が期待されています。
加えて、ユーティリティトークンにより、株主優待のような特典をあらゆるセキュリティトークンに付与することが可能になるため、魅力的なユーティリティトークンを設計することができれば、セキュリティトークンの販売促進効果が生まれ、これまで投資に参加してない新たな顧客層にセキュリティトークンが広がる可能性があると考えています。

オルタナティブ資産への個人投資ニーズはあるのか

実際に、当社が実施した個人投資家向けのインタビューにおいても投資を通じて「組織・プロジェクトを応援したい、社会貢献したい」といったニーズ・価値観を持っている個人投資家が一定存在することを確認しています。また、従来はハードルが高く実際の投資に至らなかったケースも想定されることから、こうした投資家のニーズに即したオルタナティブ資産のセキュリティトークンを設計・組成することができれば、個人投資家のセキュリティトークンへの投資が広がっていくと考えています。

オルタナティブ資産への個人投資家ニーズの例
  • スタートアップへの投資を通じ、次世代経営者を応援したい(60代 富裕層)
  • 楽器等の希少資産のオーナシップを持つことを通じ、文化振興に貢献したい(60代 富裕層)
  • 社会貢献に繋がるような投資商品であれば、リスクをとってでも購入したい(30代 資産形成層)
  • 知人の関わっている教育事業の独立を投資で支援したい(30代 資産形成層)
  • 東南アジアにおける金融の発達や、大学教育の質向上等、興味のあるテーマに投資したい(20代 資産形成層)

※Xspear Consulting株式会社調べ(個人投資家への調査)

特典付与により投資家層が拡がるのか

ユーティリティトークンによる特典を付与することで、個人投資家がオルタナティブ資産等のセキュリティトークン投資を始めるための呼び水となると当社では考えています。
日本では株主優待制度が広く受け入れられていることから、投資に対し金銭リターン以外のプラスαの特典を求める投資家が一定数存在するものと推察されます。株主優待による特典を受けるためには、1単元以上の株式保有が一般的ですが、セキュリティトークン+ユーティリティトークンであれば、設計次第で小口出資であっても特典を受けることが可能です。
ユーティリティトークンによる特典を付与することで、ユーティリティトークンを目的にセキュリティトークンへの投資を始める/継続的にセキュリティトークンを購入する投資家が生まれ、投資家の裾野が広がると考えます。

NFT等のトークンにおいては、多様な特典を購入者へ提供する事例は既に登場しており、今後は特典をユーティリティトークンとしてセキュリティトークンに付与する形で、魅力的な投資機会の広がりが生まれると考えています。

特典の例
  • スポーツチームの試合において、トークン保有者限定イベントに参加する権利
  • 自治体の一員として、人口減少等、自治体の抱える課題解消に向けた組織運営に関与する権利
  • 映画製作において、作品シナリオ設定やプロモーション方法を決定する投票に参加する権利

既存の資本市場・資金調達にどう影響するのか

今後、資金調達においてセキュリティトークンが選択されるケースが増え、証券会社の既存ビジネスである従来の資金調達手段が、セキュリティトークンに切り替わっていく可能性があります。更に2021年4月に三井住友フィナンシャルグループとSBIグループにより設立され、野村ホールディングス、大和証券グループも出資するODX(大阪デジタルエクスチェンジ)によるセカンダリーマーケットの整備※2が進み、セキュリティトークンの普及・拡大が加速する見通しです。これらは金融機関の既存ビジネスが奪われる脅威に見えますが、逆に金融機関にとっては、資金調達の手段として、セキュリティトークンによる調達手段を発行体企業に提示できれば強みに変えられるかもしれません。これらを見越して、各金融機関では、セキュリティトークン基盤を提供する組織への出資やコンソーシアムを通じた情報獲得など関与を強めています。

セキュリティトークン市場に参入する意義はあるのか

当然ながら、自社の強みを生かしたビジネス展開ができるかが参入要否の判断材料になります。例えば、証券会社の立場であれば、優良な証券顧客基盤を有しているか、発行体となる企業と親密なリレーションを持っているか、セキュリティトークンを組成・発行する金融ノウハウを有しているか、が一つの判断材料になるでしょう。事業会社の立場であれば、デジタルに親和性のある顧客層を抱えているか、セキュリティトークン化に値するアセットを所有しているか、魅力ある特典を設計するマーケティング機能に強みがあるか、などが判断材料になるかもしれません。
少し別の観点になりますが、世界的にESG債の発行が進む中、日本では従来のグリーンボンド(国内外の環境問題解決を目指す事業のための資金調達を目的とした債券)のデジタル債である「グリーン・デジタル・トラック・ボンド」が2022年6月に発行されました※3。自社のESG戦略に沿ったセキュリティトークンの設計ができるのであれば、ESG投資におけるデジタル債も検討に値するでしょう。

参入にあたり検討すべきポイントは何か

前項で触れた参入意義の明確化に加えて、以下のような多くの論点について事前に検討し明確化しておく必要があります。
① 投資回収期間をどの位で設定するか(長期目線での投資判断ができるか)
② 自社内に適切なスキル人材が揃っているか(育成・外部採用も視野に)
③ 社外の知見を如何に取り込むか(JVなどを含めた座組検討)
④ スモールスタートを狙うのか(リスクを如何に最小限にするか)
⑤ 既存ビジネス・組織との棲み分けをどう整理するか(推進スピードの確保)
実務的な論点には、リスク・コンプライアンスの観点も含まれてきます。
⑥ 1種証券業含む必要ライセンスをどう取得するか
⑦ 求められる業務機能、最適なシステム構成はなにか
⑧ 保有ポジションのリスク管理態勢・手法整備
⑨ プライマリー引受、セカンダリー買取の対応有無の整理
⑩ AML/KYC態勢整備
⑪ フィデューシャリー・デューティ(FD)を考慮した販売管理態勢の整備
⑫ セキュリティトークン基盤システムのリスク管理態勢整備
⑬ PTS/ODXとの接続対応
これらには自社内の議論だけでなく、関係各社(証券会社、信託銀行、発行体企業など)との業務・システム面での対話、加えて規制当局や自主規制団体との対話も必要です。

おわりに

現在セキュリティトークン市場は発展段階にあり、法規制や競合他社の動きが短いスパンで大きく変わる状況です。早期かつ確実なビジネス立上げを目指すのであれば、軌道修正を行いながらクイックに対処できる検討チームの組成が重要になります。Xspear Consultingでは金融ビジネスと昨今のデジタル通貨トレンドに精通したコンサルタントが、多くの金融機関のテクノロジーパートナーであるシンプレクスと共にお客様のビジネスをサポートしています。より詳しい情報やコンサルティングに関するご相談は、ぜひ「お問い合わせ」よりご連絡ください。

※1
中央銀行デジタル通貨(日本銀行ウェブサイト)
https://www.boj.or.jp/paym/digital/index.htm

※2
金融庁「デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会」(第11回)
大阪デジタルエクスチェンジ説明資料「デジタル証券の流通市場開設に向けて」
https://www.fsa.go.jp/singi/digital/siryou/20230606/5odx.pdf

※3
株式会社日本取引所グループプレスリリース
国内初のデジタル環境債であるグリーン・デジタル・トラック・ボンドの発行条件を決定
https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/6020/20220601-01.html
「グリーン・デジタル・トラック・ボンド」におけるグリーン性指標を可視化するウェブサイトの提供開始及びデジタル債の活用に向けた研究会の発足のお知らせ
https://www.jpx.co.jp/corporate/news/news-releases/6020/20220815-01.html

Managing Director

藏満 一馬

Managing Director

Kazuma Kuramitsu

大学卒業後、シンプレクスに入社。金融機関向けのシステム開発を経験した後、アクセンチュアに入社。金融業界を中心に、DX戦略策定、新規事業立案、組織変革、規制対応等の幅広いプロジェクトを主導。2022年シンプレクス・Xspear Consultingに参画。

執筆者の記事一覧
藏満 一馬

関連する記事関連する記事

保険会社におけるデータ活用PJの勝率を1%高めるために

保険会社におけるデータ活用PJの勝率を1%高めるために

2024-10-07

今こそ求められる地銀の本気

今こそ求められる地銀の本気

2023-12-08

NFT市場の再燃に備え取り組むべきこと

NFT市場の再燃に備え取り組むべきこと

2022-11-30

ナレッジ・コラムトップ