ナレッジ・コラム

児童虐待防止。困難を抱えるこどもを救うデータ連携・活用の展望

児童虐待の現状

≪すべてのこどもは、「児童の権利に関する条約」※1の精神にのっとり、適切な養育を受け、健やかな成長・発達や自立が図られること等を保障される権利があります。≫
こども家庭庁 児童虐待防止対策より

しかし、18歳未満のこどもが親などの保護者から虐待を受けたとして全国の児童相談所が相談を受けて対応した件数は、2022年度(速報値)で約21.9万件。虐待の相談件数は、統計を取り始めた1990年度以降、増加傾向が続いており、2022度が過去最多となった(令和5年度全国児童福祉主管課長・児童相談所長会議※2)。相談件数の増加は、家庭内にこどもがいる状況で家族に暴力を振るう、いわゆる「面前DV」が増え、「心理的虐待」として警察等から通告される件数が増加していることや、市町村の福祉事務所や保健所・医療機関などの関係機関の児童虐待防止に対する意識や感度の高まり等が要因となっている。また、こどもの生命が奪われる等、重大な児童虐待事件も後を絶たず、痛ましい事件が続いている。児童虐待を疑う情報提供があっても、十分な対応につながらないケースも多く、児童虐待防止は社会全体で取り組む必要がある課題と言える。

こども家庭庁では、毎年11月を「児童虐待防止推進月間」と定め、「オレンジリボン・児童虐待防止推進キャンペーン」として、家庭や学校、地域等の社会全般にわたり、児童虐待問題に対する深い関心と理解を得ることができるよう、広報・啓発活動等に集中的に取り組んでいる。

国における児童虐待防止に関する取り組み

こども家庭庁は「こどもまんなか社会」※3を目指す中で、特に児童虐待については、こどもの健やかな成長に影響を及ぼすため、社会全体で取り組むべき重要な課題と捉えている。
関係機関の児童虐待防止への意識や感度の高まりをさらに有効な施策・支援につなげていくために、2023年8月4日には、保育所等が児童相談所や自治体に定期的に情報提供するとともに、児童相談所や自治体において「気づきのポイント情報共有ツール」※4等を踏まえたリスク評価を実施する等、適切な対応が求められるようになった。「気づきのポイント情報共有ツール」には、出産後の養育について出産前から支援が必要と認められる妊婦、保護者への養育支援の必要性が考えられる乳幼児・児童等の様子や状況例が整理されているため、アセスメントの初期段階で、関係機関の職員が自治体等に対し、情報提供をするべきであるかの目安として活用されることが期待される。

また、「こども未来戦略方針」※5では、児童虐待の相談対応件数が増加する等、子育てに困難を抱える世帯が顕在化してきていると捉え、子育て世帯に対する包括体制の中核を担うこども家庭センターの設置・人員体制の強化等に取り組むこと、こども政策DXの取り組みの中で関連データの連携・利活用を推進することが掲げられている。

虐待に的を絞った施策ではないが、困難を抱えるこどもの早期把握・対応のための取り組みは他にもある。「こども大綱策定に向けた中間整理」※6では、今後5年程度を見据えたこども施策の基本的な方針と重要事項等を整理している。その中で、こども施策の共通基盤として、潜在的に支援が必要なこどもや家庭を早期に把握し、SOSを待つことなくプッシュ型・アウトリーチ型支援を届けることができるよう、地方自治体において、個々のこどもや家庭の状況、支援内容等に関する教育・保健・福祉等の情報・データを、分野を超えて連携させること、その際に先進的な自治体の取り組みも参考にすることが言及されている。

また、「デジタル田園都市国家構想総合戦略」※7においても、デジタル技術を活用した取り組みとして、こども政策を進めることに言及しており、児童虐待防止だけではなく、少子化対策の推進等においてもデータを活用し社会課題を解決していくことは今後の大きな流れになっていくことがうかがえる。

データ連携に関する先進的な自治体の取り組み

こども家庭庁では、自治体がこどもに関連するデータの連携を進めるうえでの課題等を整理し、ガイドラインを策定するための実証事業※8を実施している。2022年度から実証を開始した5団体と、2023年度から実証を開始した9団体のうち、7割程度の団体が児童虐待を含むデータ連携・検証、リスク予測等を行い、その結果を踏まえて関係機関と連携した適切なアウトリーチ型の支援に取り組むことを計画しており、児童虐待防止が喫緊の課題となっていることがうかがえる(令和5年度実証事業採択団体の概要より弊社調べ)。

また、2022年度から実証事業を行っている広島県府中町では、児童虐待を含む福祉のデータと学校関連のデータを統合し、システムによる児童虐待等のリスク予測を行っている。リスクスコア50%を閾値としてシステムで一次判定したうえで、対象者を決定し、保育所・学校等で調査を行い予防的支援につなげている。2022年度の事業では、福祉部門においてリスクを把握していない児童等14人を新たに把握することができた(デジタル庁 こどもに関する各種データの連携による支援実証事業 成果報告書※9)。府中町では、リスクスコアを算出するモデルを機械学習で作成しているが、正解データが少ないため予測精度が高くないことが課題として挙げられており、1自治体で完結するシステム・リスク判定は難しく、広域でのデータ連携も今後求められると考えられる。

先進的な自治体の取り組みに共通しているのは、様々なデータを連携させることで、これまで気づけなかった困難な状況にあるこどもの把握につながったことである。「気づきのポイント情報共有ツール」等の、人の目で判断することも重要だが、データに基づいたリスク管理も今後は重要になってくるだろう。その際、最初から自治体内の多くのシステムを連携させるのではなく、関連がある部分から少しずつ連携させ、徐々に連携を広げていくこと、また学習データによる判定と有識者等による判定を盛り込んだより精度の高い判定基準を設定すること等を進めることで、より精度の高いデータ連携として効果を発揮すると思われる。

データを活用した今後の展望

こども家庭庁では、2024年度の事業実施を見据えて、こども政策DXのための基盤強化やこどもデータ連携の推進で8億円の予算を概算要求で計上している。こどもデータ連携に係る実証事業においては、自治体での実証事業を引き続き実施するとともに、ガイドラインの改訂、取組推進に当たっての課題整理・対応方針の検討も行うこととしている。プッシュ型・アウトリーチ型の支援につなげるデータ連携の取り組みは、1自治体だけでは限界があるため、課題への対応方針やガイドラインの改訂を進めることで、全国のどの自治体でも、児童虐待等において、必要な支援がこどもや家庭に届くような工夫を検討することにつながると期待される。

今後、こどもに関連するデータ連携はますます重要になってくると考えられるが、こども家庭庁が一元的に情報を管理するデータベースを構築するのではなく、自治体ごとの特徴・実情を踏まえた形でデータ連携する仕組みを各自治体が構築していく方針である。

Xspear Consultingには、こども・子育て支援をはじめとした様々な政策分野に精通したコンサルタントと、データ利活用に強みを持つデータサイエンティストが所属している。教育、保育、福祉など分野横断でデータを連携・活用することによって、社会全体でこどもを守り、育むための新たな仕組みを構築できると考えられる。長年にわたって解決できていない少子化や子育て当事者の孤立感・負担、児童虐待、ヤングケアラー、いじめ等こどもを取り巻く社会課題を解決し、こども家庭庁の目指す「こどもまんなか社会」を実現させるため、中央省庁や地方自治体、教育機関、民間企業等に対して支援していきたいと考えている。

※1
「児童の権利に関する条約」全文(外務省)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jido/zenbun.html

※3
こども家庭庁 政策
https://www.cfa.go.jp/policies/

※4
保育所等から市町村又は児童相談所への定期的な情報提供について 別添3(こども家庭庁)
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/fdf4848a-9194-4b7c-b228-1b7ed4847d58/4ae45759/20230804_policies_jidougyakutai_hourei-tsuuchi_174.pdf

※5
「こども未来戦略方針」~ 次元の異なる少子化対策の実現のための「こども未来戦略」の策定に向けて ~(2023年6月13日閣議決定)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodomo_mirai/pdf/kakugikettei_20230613.pdf

※6
「今後5年程度を見据えたこども施策の基本的な方針と重要事項等~こども大綱の策定に向けて~(中間整理)」(2023年9月29日 こども家庭庁)
https://www.cfa.go.jp/policies/kodomo-taikou/chukanseiri/

※7
デジタル田園都市国家構想総合戦略(内閣府)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digitaldenen/sougousenryaku/index.html

※8
こどもデータ連携
https://www.cfa.go.jp/policies/kodomo-data/

※9
こどもに関する各種データの連携による支援実証事業
https://www.digital.go.jp/news/e91b13a9-fcee-4144-b90d-7d0a5c47c5f0

Associate Manager

田守 綾

Associate Manager

Aya Tamori

大学院修了後、シンクタンク系コンサルティングファーム、リサーチ会社、外資系総合コンサルティングファームを経て2023年、Xspear Consultingに参画。官公庁を中心に、様々な業界・テーマに関する調査研究やリサーチに従事。こども・子育て支援分野等の政策検討の知見を有する。

田守 綾

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