はじめに
コンシューマ向けではゲームなどのエンターテイメント領域が中心であったXR(クロスリアリティ)ですが、昨今では幅広い活用が進んでいます。
Xspear Consultingでも、さまざまな業界の企業様にXRを活用したサービス企画に関するコンサルティングを提供しています。
本コラムでは、特定業界に定まらないXR事業の種類や、XRを活用したサービス企画のポイント、ステップ等を説明します。
特に今後XRでサービスを始めたいと考えている方は、是非ご参考になさってください。
XR事業の市場とプレイヤー
IDCのデータベース「世界のAR・VR支出ガイド」によると、世界のAR/VR関連支出は2022年に138億ドル(約1.8兆円)に達し、2026年には509億ドル(約6.9兆円)に増加すると言われています。このうち、VR関連が全支出の70%以上を占める予測です。
調査を統括したラモン T. リャマス氏は、AR/VR市場は「成長準備が整った成熟市場(a maturing market ready to thrive)」だと説明しました。
XR事業における直近の大きなニュースとしては、サムスン、グーグル、クアルコムの3社が「共同で新型XRデバイス開発に取り組む」と今年2023年2月1日に発表したことなどが挙げられるでしょう。サムスンのAR/VRデバイス開発に関する公式発表は約5年ぶりとなります。クアルコムのAmon氏は「我々のSnapdragon XRテクノロジーと、サムスンの素晴らしい製品、そしてグーグルの経験(ソフトウェア)によって、この機会を現実のものとし(中略)空間インターネットの未来を推進するための基盤を手に入れたのです」とコメントしています。
XR関連技術の発展は国内での関連市場拡大に貢献しており、『にじさんじ』※1で知られるANYCOLOR株式会社が東京証券取引所グロース市場に上場し、時価総額がテレビ局を抜いたことが話題になったり(2022年9月)、一般社団法人Metaverse Japanに代表されるようなメタバース関連の一般社団法人が続々と立ち上がったりなどしています。
また、昨今のコロナ禍やDXの流れに伴いIT導入関連の補助金制度が増えていますが、XR事業に特化した都道府県での補助金も増えています。例えば、新潟市ではXR事業を活用する者に対し、その実装に係る経費を補助しています。このようなXRを取り巻く環境の変化を受けて、国内外共に、今後ともXR事業に注力する企業の増加が見込まれます。
このように広がりを見せているXR関連事業ですが、プレイヤーのタイプとしては「ハードウェア」「プラットフォーム」「ビジネス企画」「コンテンツ制作」「アセット(IP)提供」「開発ツール提供」と、大きく6つに分けることができます。
中でも面白い取り組みをしているプレイヤーを紹介しますと、例えばCitibankで有名なCitiグループは、Microsoftが提供しているMR用ヘッドセットのHoloLensを利用した株式取引システムを開発しています。ユーザはヘッドセットを装着することで、最新の株価情報や取引データなどを浮かび上がらせ閲覧することができ、声やジェスチャーで株式取引も可能となっています。投資×XRのイメージはまだ浸透していないものの、タブレットやPCなどのスクリーンの範囲に限定せず大量のデータを一度に表示することができ、画面覗き見による金融取引の内容を第三者に見られる心配がない点においてメリットがあります。
あいおいニッセイ同和損保では、国内初のメタバース専用パッケージ保険の提供を開始しました。主にサイバー攻撃・情報漏えい等のリスク、メタバース上で発生する詐欺等のリスク、メタバースイベントが中止となる等のリスクを補償します。XR技術を用いた事業ではないですが、これまでにないコミュニケーション体験や新たな経済圏の創出に伴い、プライバシーやセキュリティ、法制面、商習慣、文化等、様々な側面において新たなリスクの発生を予防・補償する事業も生まれています。
今後のXR事業の動向として、業界特化型ソリューションの構築がカギになると予測されています。普及が先行するSaaS領域においては業界横断型の汎用ソリューションの普及がある程度進み市場が形成されたのちに業界特化型プレイヤーが多く登場するトレンドに移行しつつあり、XR領域でも同様のシナリオが起こることが想定されます。
また、どの事業にも言えることですが、XR事業では特にサービス提供者のエコシステム化とソリューション間の相互連携が必要になってきます。先ほど大きく6つのプレイヤータイプがあると挙げたように、VRデバイス等のハードウェアの導入ではなく、より良いXR事業サービスを追求するためにはアプリケーションとの相互連携、5G等の通信技術の活用、映像解析におけるAI技術の活用等のテクノロジーの掛け合わせ等による付加価値を高める取り組みが必要となります。
XRサービスを考える上でのポイント
特にXRでサービスを考える上で重要となるポイントは、大きく三つあります。「ゴール設定」「UXデザイン」「ユーザ検証と改善」です。
1)ゴール設定
まずゴール設定についてですが、XRにおいても他全てのサービスと同様、目的をはっきりさせ、またそれに応じたKPIを設計することが大事になります。それらはサービスが適切な方向に向かっているかの指針となり、迷走することを防ぎ、マーケティングや開発等への効率的なリソース投下へ寄与します。XRサービスの目的としてよくあるパターンは4つあります。①既存サービスの販売促進、②新規サービス提供、③ブランディング、④既存業務の効率化です。
一つ目の既存サービスの販売促進では、XRを用いることで既存のサービスやプロダクトをさらに訴求します。昨今で話題となっている不動産会社の内覧やバーチャルメイクなどはこちらの事例になります。販売する既存商品・サービス自体は変わらないものの、XR技術を用いることで興味・関心、比較・検討がしやすくなり購入意欲を高めています。この場合どのくらいリードを作れたのか、顧客満足度や損益、売上をKPIにすることが重要になります。
二つ目の新規サービス提供では、XRを使って全く新しいサービスやプロダクトを提供します。例えば、NTTデータによるVR技術を用いたプロ野球選手のトレーニングシステムや、数年前に爆発的人気となったスマホARゲーム「ポケモン GO」です。このときKPIにすべきなのは、事業全体の損益や売上、商品・サービスの顧客満足度、平均顧客単価、利用人数等のゼネラルなものの他、例えばサブスクリプション型であればMRR (Monthly Recurring Revenue、月次経常収益)など、ビジネス特性に合わせたものを設定します。
三つ目は、ブランディングです。ブランディングでは「顧客にどう思われたい」というイメージを描いたうえでその認知を広げ、中長期的な売上や顧客エンゲージメントに貢献します。よってKPIはコンテンツ閲覧数や、メディアでの掲載数、認知度等になります。メタバース空間上でのイベント出店などがブランディングを目的としたXRサービスの例にあたりますが、少し変わった例としては、AR名刺で自分の3Dアバターを登場させるサービスもあります。この場合、サービスの販売促進に入る前に、まずは覚えてもらうというブランディングの要素が取り入れられています。
四つ目は、XR技術を用いた既存業務の効率化です。例として、トヨタでは、車の塗装の際に行われる膜厚検査でARが導入され、75%の生産性向上に成功しています。JR東日本では路線の制御装置の操作トレーニングにARの活用を試行したり、東急建設では建設現場での現実空間に3Dデータを表示させ作業の効率化を測ったりと、業務効率化に向けたXRの導入が進んでいます。このときKPIは人件費、作業工数、作業時間、生産数等となります。
XRは注目されやすい技術であるからこそ、例えば販売促進を目的にしていて売上の向上を目指していたのにPV数ばかり上がってしまい購入に繋がらなかった、というような失敗が起こりやすい面もあります。目的とKPIをはっきりさせ、それに沿ったサービス作りを心がけることが肝要です。
2)UXデザイン
XRでサービスを考える上で重要となる2つ目のポイントはUXデザインです。既存サービスとXRサービスの違いは、究極的には「体験」のみです。XR技術の意義は、新しい体験を生み出す、あるいは既存サービスの体験をより良いものにすることです。またその「体験」がポイント1つ目のゴール設定に直接的に寄与するものでならなければなりません。
XRサービスにおける質の良いUXの提供は実は簡単ではありません。3Dモデルや空間のクオリティ、ユーザの視点にあった表現を選択できているか、ユーザの動きにスムースに連動するか、そのためにデバイスの処理速度や通信速度は十分か、体験中にバッテリーが不足しないかなど、一般的なWEBサービスなどと比べて考慮すべきことが増えます。特に通信速度の面では、5G活用による体験の向上が期待されています。
XRにおけるデザインや制作における一例として、マクドナルドのCM※2でも使用された、バーチャルプロダクションと呼ばれる技法が挙げられます。TVや映画製作において、実際に撮影地に行かずとも、スタジオ内でバーチャルとリアルをその場で融合し撮影します。架空の空間を融合することも可能です。
3)ユーザ検証と改善
上述のようにXRサービスにおけるUXデザインは複雑化するため、一度の試行で満足のいくかたちになることは稀です。また制作中のテストでは良かったものの、ユーザが使用する実環境はスタジオと違うため、環境の違いによって気づけなかった様々な不具合に遭遇します。例えばMicrosoft のHoloLensは、米軍兵士によるテストで80%以上が頭痛や吐き気を覚えたことが判明したことが理由で、アメリカ議会から4億ドルもの調達予定を撤回されました。こういった大きな事例でなくても、描画するコンテンツが重くなり遅延しWebでやった方が速かった、屋外だと簡単に充電が減り充電し直すことでかえって作業効率落ちる、などの失敗例は多くあります。UXが不十分のまま大きく展開しようとすると、その問題も多数のユーザに広がり、顧客離れに一気につながるリスクになります。そのため、実環境に近づけユーザ検証と改善を繰り返す過程を経た上でサービス展開をしていくことが非常に重要になります。
実際のサービス企画ステップ
XRサービス企画のポイントを抑えた上で、実際にXspear Consultingでも取り入れている典型的なサービス企画のステップをご紹介します。ここではアイディエーション、ユーザインタビュー、アルファ版開発の3つのステップを踏みます。
1)アイディエーション
アイディエーションでは、ワークショップなどを活用してアイディアを発散・収束させ、筋のよさそうな案を練り上げていきます。もう少し具体的には、①事前準備、②アイディエーション実施、③アイディア具体化、④アイディア評価を実施します。
事前準備では、大枠のテーマやスコープを仮決めし、対象業界のビッグトレンド、現サービスにおけるユーザのカスタマージャーニーやペインポイントなどを整理します。これらは後続のグループインタビュー等へ向けたインプット情報になります。
実際のアイディエーション手法は多数あります。例えばグループインタビューでは、各関連分野でエキストリームなユーザを数名(5~7名ほど)集め、ファシリテーターが参考情報の提示とテーマ設定をした上で自由な議論を促します。XRサービスを検討する上では、既存サービス提供者、既存サービス利用者に加え、XRのプラットフォーマーやユーザなどが想定されます。またCrazy 8といった手法では、紙を折って8つのブロックを作り、数分でそのブロックをすべて埋めるようにアイディアを書き込んでいきます。グループインタビューやCrazy 8で得られた多数のアイディアは、Hypothesis Prioritization Canvas※3やVote※4といった手法で数案に絞り込みをします。
次に、絞り込んだアイディアをストーリーボード※5化してイメージを理解しやすくしたり、Lean UX Canvas※6等に則ってビジネス的な視点でもより具体化したりします。この時点で、サービスの目的やKPIといったものも明確化します。またLean UX Canvasを使用すると、次のユーザ検証にむけた要件の整理にもなります。この段階で、また関係者で集まり、具体化された各案を評価し、次の工程へ進むか、案を練り直すか判断します。
2)ユーザインタビュー
ユーザインタビューではまず「このサービスにおける自分たちの仮説はどこか」「どの仮説を検証するか」「誰とどう検証するか」を言語化・設計します。またユーザ検証では多くの場合、実ユーザのペルソナに近い人物に参加いただくことになりますが、その協力を得る調整に時間がかかることから、最初からペルソナ像と調達方法は決めておき、早めに声がけをはじめます。
ユーザインタビューを行う場合は、実際の検証日前にそのインタビュー項目を決めておきます。モック等を制作して実際に体験いただく場合は、その時のユーザの動作として何を見ておくかもリストアップしておきます。また検証に参加するユーザには事前に、アイディアに対する情報の守秘義務や、動画撮影の許可等を得ます。体験を実施した後は、ユーザが同サービスや体験をどう思ったかなどについても、オープンクエスションで確認します。
結果が出たら、関係者で集まりデブリーフィングをし、仮説は正しかったのか、軌道修正は必要か、他にどういった改善点があるか、あるいはアイディアそのものを練り直すべきか、等を議論します。重要な点は、初期の仮説にこだわり過ぎないという点です。ユーザは正直であり、それが実際にサービスを市場に出した時の反応であると見立てます。
この工程を経て、次のステップであるアルファ版の開発に着手するか判断を行います。
数案をまとめて検証していた場合は、どの案を優先的に開発するかも決定します。
3)アルファ版開発
次に、サービス関係者やテスター向けなどに公開し、よりリアルな検証を行うため、実際に動くアルファ版の開発を行います。
アルファ版ではMVP(Minimum Viable Product:顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト)の開発を優先します。MVPのイメージがすでにかなり具体的な場合は初期開発でウォーターフォール型の開発手法を採用することもありますが、ほとんどの場合、アジャイル型で開発を行います。この理由は、この時点においてはまだ動く状態でユーザ検証ができていないことにより、さまざまな「実際に使ってみたら違った」が発生するからです。XRサービスでは実環境等の状況からそれが特に顕著にあらわれるため、それらを細かく軌道修正しながらより良い顧客体験をつくりあげるために、アジャイル開発が必須になります。理想的には短いサイクル、例えば1~2週間ごとに開発、リリース、テストユーザによる検証を繰り返すことができると、スピーディにプロダクトが育っていきます。この短いサイクルを実現するためには、関係者との時間の確保や、開発環境の自動化などに加え、開発する機能の積極的な優先度付けや、非致命的なバグをある程度許容することも、ときには必要になります。
アルファ版でプロダクトを育て、PMF(Product market Fit: 製品が市場に適合した状態)が見えたら、実運用上必要な機能を取りそろえ、一般公開していく、ベータ版開発に進みます。ベータ版の開発まで入れれば、広い意味での企画が一定完了したと言えます。
最後に
ビジネス、技術両面において進化を続けるXR。本コラムでは、XRのサービスで抑えるべき三つのポイント「ゴール設定」「UXデザイン」「ユーザ検証と改善」と、サービス企画における三つのステップ「アイディエーション」「ユーザインタビュー」「アルファ版開発」についてご紹介しました。
Xspear Consultingでは、XRを活用したサービス企画の実績が複数ございます。ゼロからの事業企画もご支援可能ですので、お気軽にお問合せください。
- ※3
- HypothesisPrioritization Canvas
- https://jeffgothelf.com/blog/the-hypothesis-prioritization-canvas/
Consultant
伊藤 悠
Consultant
Haruka Ito
慶應義塾大学卒業後、ベンチャー企業入社。大手、中小企業を中心にSEO対策、サイト開発、広告運用などのデジタルマーケティング全般の戦略、施策の提案や実行支援を経験し、2022年よりXspear Consultingに参画。
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